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波川玄蕃城跡

玄蕃城は西暦1573年頃、この地を治めていた波川玄蕃頭清宗が築いた山城。清宗は長曽我部元親の妹婿でしたが、謀反を企てたとして一族共々滅ぼされ、城も消滅。今は土塁が当時を偲ぶよすがとなってます。城跡からはいのの町並みが眺望できます。

いの大国さま

開催日 春・・・旧暦1月22日 秋・・・新暦11月23日
椙本神社は1200年以上の歴史があり、商売繁昌、家内安全、縁結びに特にご利益があると言われています。春の大祭は約10万人の参拝客を集め、土佐古来三大祭りのひとつに数えられており、笹に短冊小判付の福俵が人気です。秋の大祭は、鎌倉時代につくられた八角形漆塗神興が(八角形は全国で唯一・国の重要文化財)天狗に獅子舞、稚児行列を伴って町内を通り仁淀川河原まで練り歩くおなばれは、古式豊かな豊かな一大歴史絵巻で必見です。

■ ホームページ: http://inodaikokusama.jp/

八代の舞台農村歌舞伎

「八代の舞台」農村歌舞伎写真
開催日 11月5日
八代八幡宮の舞台は昔、神楽殿として神楽が奉納されていたが徳川時代後期、全国的な歌舞伎流行の時「氏神さまは芝居がお好き」として歌舞伎奉納が行われ、以来氏子の若い衆により毎年演じられ、神も人も老若男女楽しまれています。昔ながらの舞台構造は、その演技とも100年来の姿をとどめ、貴重な文化遺産であるとして昭和51年には国の重要有形民俗文化財に指定されています。今後も伝統芸能をまもるべく、地区の青年団によって子供達に教え伝えられています。

枝川古墳群

枝川古墳群写真琴平山の南斜面に開口する三基の古墳群を枝川古墳群と称し、東端から西へ順に一号墳二号墳、三号墳と名付けられています。古墳時代の後期(約1300年前)のもとで、宇治川流域にあった集落の豪族の墓と考えられます。それぞれいの町指定文化財です。

句碑

句碑写真いの町新町電車終点のすぐそば、琴平神社の石段を上がっ て行くと境内の東側に句碑の一群があります。 嘉永5年(1852年)、今から約150年前にいのの俳人たち が、芭蕉翁を追慕し、「春の夜はさくらに明けて仕舞いけり」 の芭蕉句碑と、いのの俳壇同人がそれぞれ自作の句を碑に 刻み建立したものです。数の上では、県内最大の句碑群で す。藩政時代終わりに御用紙漉で栄えたいのの豊かな経済 事情と高い文化水準をうかがいしる貴重な資料です。

奥大野の水車

奥大野の水車写真昔、町の至る所にあった水車。今もゴットン、ゴットン、のんびりと蕎麦やきびを挽いています。

津賀谷の棚田

津賀谷の棚田写真懐かしい山里の風景。祖先が苦労して築いた棚田を、農家の人たちは今も大切に守り続けています。

若宮八幡宮祭

若宮八幡宮祭写真若宮八幡宮には、およそ320年前の義民・高橋安之丞が祀られています。毎年3月2日、7月2日、12月2日に神祭が行われます。本殿の彫刻等は、町の文化財に指定されています。
←高橋安之丞若宮八幡宮の本殿の彫刻(町指定文化財)
※一般公開はされていません

山中家住宅

山中家住宅写真高知に現存する最も古い民家の一つで、貴重な建物である。昭和50年、解体復元修理がおこなわれた時、18世紀初期につくられたもので、一般の農家にみられないつくりであることが判明しました。部屋数が多く、縁もあることなどから、接客を意識したもののようです。昭和47年、重要文化財に指定されました。

問い合わせ先、本川教育事務所 TEL088-869-2331

氷室

氷室写真藩主に献上するために氷を保存した氷室を手箱山に再現したもので、毎年7月に堀り出して「氷室まつり」が行われています。

一の谷渓谷

一の谷渓谷写真 昭和62年に土佐の森林浴の森に指定されました。この渓谷周辺には、平家の落人伝説などがあり、壇の浦の戦いにやぶれた平家の落人達が伊予峠を越えて、逃げのびてきたといわれています。
 

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