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町指定文化財


ナギ


所在地
いの町神谷
所有者
野久保・保木・毛田・奈呂部落
員数
1
指定日
昭和48(1973)年11月30日

ナギは日本の原産で、本州の中国西部、四国、九州など暖かい地方の山中に自生している雌雄異株の常緑喬木であります。材質は緻密で堅く光沢がありますので、一般に床柱・家具類に用いられています。また樹皮は染色及び鞣皮剤に使用されてきました。

旧神谷中学校より奈路部落へ約700m、北へ行きますと鬱蒼と茂っている大ナギの木が目に入ります。樹齢、約380年〜430年経ているといわれています。

このナギの木は、いつ頃、誰の手によって植えられたかは明らかではありませんが、観音堂の後ろに、今から400年位前の神谷の領主であった、勝賀瀬越後守一族の墓所があり、これから察しますと、同一族の菩提のために建てられた寺院かまたは現在の観音堂の庭園木であったものではないかと思われます。

寺石正路著『土佐名家系譜』によりますと「吾川郡神谷領主、勝賀瀬越後光親、天正8(1580)年波川陣従軍攻あり その子治部、右京共に同陣で戦死」とあります。

また勝賀瀬治部の子、藤左衛門「慶長6丑年国主山内一豊公御入国の節、旧家の訳を以て、浦戸に御呼出被仰付、望之筋有之候得者申出可き様被仰付、乃ち神谷村庄屋職被仰付度申出候処、望之通り庄屋職被仰付、直に御目見得仕り、以後元和元卯の年迄十五年相勤め、同年病死実子惣領弥次郎へ跡式相続被仰付云々。」とあり、以来代々庄屋職を勤めたようであります。

当ナギの木は、植えられた昔から観音堂の側で堂を守り、同地区のシンボルとして、或いは越後守の一族の菩提の樹として永い間親しまれてきました。今も小野・毛田方面に行く登り道のすぐ左下方に、大きな枝が広がっていて夏には涼しい風を吹きかけてくれます。


 

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