いの町、町指定文化財、木造弥勒仏立像の本文へ
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町指定文化財


木造もくぞう弥勒仏みろくぶつ立像りゅうぞう
所在地
いの町槙
所有者
弥勒寺
員数
1体
指定日
昭和41(1966)年11月29日

内野より峰槇へ登ること約6.0q、車道の終点の上に、弥勒寺弥勒堂があり、弥勒仏の立像が安置されております。

鎌倉時代後期〜南北朝の作といわれ、今から約630年前に造られた仏像です。

本体は木造寄木造りで材質は不詳です。台座は桜の材で自然木の株を“岩座”様とし上部に共木の蓮華座を刻出し彩色してあります。自然木に神霊のやどるものを感じ、台座のみでも霊木で作ろうとする山岳信仰のあらわれであろうと言われています。

『平安時代から高い山頂に、立木にそのまま仏像を彫り、霊木の神性を合わせて崇拝する信仰を所々の山岳霊地に見られた。(久野健、立木仏について)』したがってここの弥勒仏も山の頂き近くに祭られたと思われます。

仏像は頭部において大粒の螺(ら)髪(はつ)、肉(にく)髻(けい)低平、髪(はつ)際(さい)中央部が下がるなど鎌倉時代後期以降の特徴をもち、容貌はやや生気に乏しいものがあります。胸の露出はせまく、衲(のう)衣(え)を上方にしめ上げた衣文(えもん)線は抑揚に富み流暢な流れを見せていますが、左肩や裾廻りにやや誇張と煩わしさを感じられます。

ともあれ、鎌倉時代の写実をうけながら、快慶ようの柔和さとは違った重厚さをもつものであります。

この仏像が安置されている峰槇は標高450.0mの高所で弥勒信仰の霊地であったと考えられ、熱烈な信仰がこの辺地に優秀な彫刻を遺すことになったであろうと思われます。

<参考>

弥勒は、弥勒菩薩といわれ、釈迦の弟子として化導をうけ、釈迦入滅後56億7千万年後にこの世に出現して釈迦にかわって一切の衆生を救う仏とされています。それゆえ将来を約束された仏として如来形に作る場合も多く、峰槇の仏像は如来形であるので弥勒仏と呼ばれています。


 

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