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国指定文化財


やま中家なかけ住宅じゅうたく
所在地
いの町越裏門
所有者
山中 彰
指定日
昭和47(1972)年5月15日

土佐に現存する民家では、古い建造年代としては18世紀初期以後のものになります。その最も代表的な実例は、旧本川村の山中秀樹宅・旧大正町旧竹内茂宅の2棟をあげることができます。これは山間部の形式で、並列形式と食違形式の二種がみられます。この両者の形式は旧本川村に限らず、四国山間部に広くみられる形です。

一般の農家建築と同様な考察は、いくらか疑問の残る家屋です。形式の面から考察すると、間取り、仕上げ、架構では、大変古い形式を採用した家屋で、18世紀以前の構えと判断したくなるところが多いのですが、大引の架構、間取り、軸組架構、材質と加工等に、建築形式の発達や流れに適応しないところがあります。これらの古い形式を採用した理由は、現段階では解明することは困難です。

現実例を検討すると、形式上からだけでなく、仕事内容と四国山間部の他の実例との比較から、古形式を採用しながらも建造期は18世紀初期あたりと判断せざるを得ないのです。この点を実証するかの一例は、「(本川村山内家元山中および道番庄屋、現山内真亀祖父錦太郎氏(明治初頭)の言伝による)中屋(山中秀樹)は、土佐藩の役人の宿泊する家として建造され、木割も太く一般の家屋と異なる造りである」と言われてきています。しかし、間取り、架構、材質などからみても、一般の農家と異なる点、封建社会において特殊な架構や間取りに材の上質を採用したことなど、山間辺地の事情を取り入れたとしても立派な構えでありすぎることになります。

四国山間部における農家建築にみる代表的な構えで、建造年代に比して古い形式を採用し各種の代表例となる家屋で、各種の基本系をもった貴重な家屋と言うことができます。



 

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